看護師の仕事

看護師の仕事に対して「人のおしりの世話までしなければならないなんて」と思う人も多いようです。

しかもお年寄り相手で、どうしてそんな仕事なのに病院に就職する看護師がたくさんいるのだろうかと不思議に感じるようです。

看護師の現実をわからずにあこがれで就職したのだろうか。。。とまで勘ぐる人もいるようですね。

そのような発想をする人は「最初からそのことを知っていたら、きっと入学しないだろうに!」と続けます。

自分が介護状態にならないという、根拠がない自信にみなぎっているのでしょうか。

それとも「下の世話までしてもらうようになれば、自殺する」とでも思っているのでしょうか。

高齢者のみならず、ケガなどで身体の自由が一時的に効かなくなる若者だっているのに、自分がそうなったときには助かるケガでも「下の世話をしてもらうぐらいなら、死んだほうがマシ」なんでしょうか。

ほんとにそれで自殺したなら、アッパレとしかいいようがありません。

望まないのに亡くなってしまう命も多い中、排泄のケアを一時的にでもされるだけで死ぬ。

この是非は別にして、そんな事で死ねるほど、人間高潔ではありません。

もっと生に執着がありますし、そんなことを言っている人ほど人を犠牲にしてまで図々しく生きるものですよ。

誰がするのか

人間の本質ですから、それが「悪か」と言われれば、そうでもないでしょう。

それに排泄は人間の尊厳ですから、ケアをされている人が一番辛いのです。

それでも生きて行くためには仕方ない。

申し訳ない、情けないと思いつつ、甘んじて受け入れているのだと思います。

イマジネーションの問題かなとは思います。

「お年寄りの排泄の世話までするなんて」と思う人は、自分が高齢者になって排泄の世話をしてくれる人がいなければどうなるのかという想像ができない人ですね。

「年寄りの世話は年寄りがすればいい」と思っているのでしょうか。

体力仕事ですから、看護師は体力がなければ出来ません。

また病気の人の看護をするのが健康でなければ、病気の人は元気さを貰うことが出来ません。

看護師の人からよく聞く言葉に「元気が吸い取られるので」というものがあります。

病気の人は人の元気を吸いとって、なんとか健康になろうとするのでしょうか。

気を抜くと吸い取られつくされるのです。

元気がなくては、とてもじゃないですが出来る仕事ではありません。

どんどん消耗してゆくでしょうね。